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舅(しゅうと)という言葉、耳にしたりすることがありますが、実際に見る場面ってあんまりない気がしませんか?
ましてや姑(しゅうとめ)小姑(こじゅうとめ)なんて言葉を耳にする機会はあっても、意味の違いは分からないと言っていいのではないでしょうか。
しかし、目にすることがあまりないにもかかわらず、これらの言葉にはどこかマイナスのイメージがついているような気がします。
そこで、実際にどのような意味や由来なのか、舅や姑、小姑を中心に書いていきたいと思います。
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「舅って言葉はあまり見たことはないけど、臼の下に男ってついてるからこれは男の何かだなぁ…」なんて感想を私は持ったのですが、実際どのような意味なのでしょうか。
手元にある辞書で意味を調べたところ、“舅:夫または妻の父”とあります。
すごくシンプル!
ちなみに、夫または妻の父というのは結婚相手の父、つまり義父のことだそう。
ここで、これだけじゃなくてもっと詳しく知りたいんだけど・・・ということで、ほかの辞典などでも調べてみたところ、舅という言葉の語源はどうやら“仕人(しひと)”というものではないか、ということが出てきました。
昔の言葉で“ひと”と呼ばれていたものは、どうやら現代に至るまでに“うと”という音に変化したようです。
なお、仕人というのは“仕事をする人”から来ているようで、一家の大黒柱というか中心であるということなのかなと思いました。
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舅を使った”ことわざ”ってどんなのがある?

舅という言葉を実際に使うかどうかは置いといて、とりあえず使われている”ことわざ”について調べてみたところ、たった一つしかありませんでした。

“舅の物で相婿(あいむこ)もてなす”

自分の懐を痛めずに、人のものを相手に”ふるまうさま”のことを言うんだそうです。
相婿とは、姉妹の夫同士のことを言うそう。
ここで出てくるのは嫁じゃなくて婿なんだというところが少し印象に残りました。
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姑ってなんだろう?

先に舅について書きましたが、姑も辞書で調べてみますと、“姑:夫または妻の母”つまり、義母のことですね。
ここで少し掘り下げてみると、もともとは“しひとめ”つまり、“仕人女”というのが語源のようです。
仕人の女性版といったところでしょうか。
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姑のことわざとイメージはどんな感じ?

舅のことわざは一つしかなかったけど、こっちはどうなんだろう・・・ってことで調べた結果、なんとこちらは28個。
これは予想外に多い!
いくつか選んで紹介しようと思います。

“麦と姑は踏む程良い”

麦踏みは、霜柱によって浮き上がった土を押さえることで麦の不必要な成長を抑え、根張りをよくするためにおこなわれます。
つまり麦を踏むことと同様に、嫁は姑に対して丁寧にへりくだって言うことを聞くだけではなく、時には抵抗し抑えつけることも必要であるという意味だそうです。
姑はいい人であるというイメージがわきにくい内容になっています。

“姑が無事で嫁憎し”

姑が元気でいる間は嫁いびりが収まることはない、つまり嫁に意地悪をしている間は、姑が元気である証だ、という意味だそうです。
これもすごく姑が悪い人のような感じがします。
これ以外の”ことわざ”についても調べてみましたが、おおむね姑は意地悪な存在として扱われています。
ことわざの中での姑は、元気な間は意地悪で扱いに困る存在のようです。
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小姑って何だろう?

さて、小姑について、いってみたいと思います。
“小姑:夫または妻の姉妹”ちなみに、兄弟の場合は“小舅(こじゅうと)”となります。
つまり義理の兄弟姉妹を指した言葉のようです。
これも語源は舅や姑と似たようなもののようですが、はっきりと詳しいものはわかりませんでした。
しかし、小姑って言葉、使うような機会あるかな・・・。
なかなか使われているところを見たことはありませんが、一般常識としてどのような意味なのかはそれなりに知られているようです。
ちなみに、小姑や小舅という言葉は太宰治(ださいおさむ)さんや泉鏡花(いずみきょうか)さんの書いた小説の中で使われていたりして、実際に使われているところを見ることはできます。
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小姑を使った”ことわざ”ってどんなのがある?

さすがにたくさんはないだろうと思いつつも一応調べてみたところ、いくつかの”ことわざ”が存在しました。

“小姑一人は鬼千匹に向かう”

小姑というのは、たとえたった一人であったとしても、その意地悪はまるで鬼千匹に立ち向かうのと同じくらいにやっかいなものだという意味だそうです。
ちなみに似たことわざに“小姑一人は猫千匹”というものもあり、小姑は一人でも猫千匹と同じくらいに口やかましくうるさいものだ、という意味があります。
小姑と小舅のことわざを比べてみると、どうにも小姑のほうが厄介な相手のように感じます。
姑じゃなくて小姑でも大変そうですね…。
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舅、姑、小姑、小舅についての考察

ここまで調べたことをまとめると、舅と小舅はあまり害がなく姑と小姑は非常に厄介であるということが言えそうです。
一体何がここまでの差をつけたのでしょうか。
まず考えたのは「”ことわざ”ができた時代はいつか」ということです。
日本において、働く女性が誕生したのは1900年代初頭のころになります。
それまでの社会においては、男性は外に働きに行き、女性(妻)は家で家事をするというスタイルが一般的でした。
また、“嫁に行く”や“嫁入り”という言葉に違和感がなくなるほどに、結婚後に夫の家に行くことは当たり前だったようです。
このことから、家に常時いるのは妻と姑、そして嫁に行っていない夫の姉妹ということになると思います。
また、いくら嫁に来たとは言っても周りにいるのは他人であることから、非常に肩身の狭い思いをすることになったのは想像に難くありません。
なので、姑・小姑・妻の関わる”ことわざ”が多くあり、あまり良い意味ではないのかなと思いました。
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まとめ

今回調べて思ったことは、いくら近い関係であっても他人と良い関係を築くことは難しいんだな、ということです。
しかも、一日中いじめ(指導し)、いじめられ(指導され)の関係で過ごすとなれば、なかなか良い出来事もなかったかもしれません。
ということで、感覚としては“舅:比較的無害 姑・小姑:微妙!?”という感じのようです。
知り合いに対して「姑みたい」「小姑みたい」なんて言うことは避けたほうがよさそうですね。
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