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大晦日は、言うまでもなく1年が終わる大切な日です。
その大切な日を迎えるとき、あなたはどのように過ごしていますか?
年越しそばを食べながら家族でこたつを囲んでいるかもしれませんね。
除夜の鐘が聞こえてくる、もしくはテレビで除夜の鐘を見るかもしれません。
あの鐘の音を聞くと、1年が終わってしまうと少し切ない気持ちになってしまうのは私だけでしょうか。
私は、大学生のころ地元を離れていたのですが、友人たちと年末年始の過ごし方を話していて、自分が変わった年越しをしていることに初めて気が付いて衝撃を受けました。
どうやら各地方で年越しの様子は違うそうです。
私が衝撃を受けた話を交えて、そして日本の中心地である東京の少し変わった様子も含めながら、今回は大晦日の年越しについてご紹介します。
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大晦日はその年の振り返りであったり、次の年の目標であったり、色々思うところもあるのではないでしょうか?
特にNHKの紅白歌合戦が終わることには、その年の終わりを感じますよね。
しかし、実はその頃にはもう翌年になっているのかもしれません。
もちろん時間の流れは一定なので、残念ながら現実的な話ではありません。
なぜ翌年と言うのかというと、それは昔の慣わしによります。
明治時代以前の日本では、1日は夜から始まっているとされていました。
つまり大晦日の日暮れからすでに次の日、新年の始まりだったのです。
そうであるから、大晦日の夜は歳神様を待ちながら、一晩中寝ないで起きていなければいけませんでした
歳神様とは聞きなれない神様かもしれませんが、新たな年の穀物に実りをもたらし、家内安全を約束してくれる素敵な神様です。
そのような神様は、是非しっかりとお迎えしたいところです。
なぜなら、もしも歳神様を迎える気持ちなくうっかり寝てしまった場合には、大変なことが起こってしまうという言い伝えがあるからです。
それは白髪になったり、シワが増えたりするという、特に美容を気にする女性に非常に恐ろしい言い伝えです。
私は大晦日であっても比較的日常通りに寝てしまうので、もしかして私の年々増えてきている白髪やシワも、もしかして歳神様をきちんとお迎えしていないからなんてことはないだろうかと、少し頭をよぎってしまいました。
もちろんこれらは言い伝えなので医学的根拠は全くありませんが、大晦日から元旦にかけての夜は、「不眠は女の敵」の対象外日として遅くまで起きていても良いのかもしれませんね。
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どうして大晦日に除夜の鐘をつくの?

遅くまで起きていれば、じかに見なくともテレビなどで除夜の鐘を聞く機会はあるでしょう。
なぜ大晦日の夜に鐘を、しかも108回もつかなければないのでしょうか?
除夜の鐘は、仏教行事として中国で始まり、日本には江戸時代に定着しました。
仏教なので、先ほどの歳神様とは実は関わりがありません。
歳神様を迎えつつ仏教思想の煩悩を払おうとする大晦日は、神仏を共存させている風習の日本ならではの考え方(神仏習合:しんぶつしゅうごう)ですね。
なぜ108回かというと、人間は108個の煩悩を絶っているので、その煩悩を108回つくことによって取り払うとされています。
なぜ除夜の鐘の回数にもあるように煩悩が108回なのかというと、いくつか諸説あります。
まずは、私たちの第六感がそれぞれ良い、悪い、どちらでもないとの3段階で迷うこと、綺麗か汚いかの2段階、そして過去、現在、未来の3次元であることを掛けた形、つまり「6×3×2×3=108」という説です。
または、四苦八苦の言葉から「4×9+8×9=108」とする説もあります。
このように、108とは一見すると中途半端な数のようですが、色々な見方をしても私たちに関わりのあるような数になっていたのです。
このような108という煩悩を払うという意味で、1年の締めくくりになる大晦日に除夜の鐘をつきます。
ただし正式な除夜の鐘のつきかたは、実はその年のうちに108回ついてしまうのではなく、107回を大晦日内でつき終わり、最後の1回は新年になってからつくのです。
これは、新年の煩悩に惑わされないようにする意味を持っています。
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私たちに108もあるとされる煩悩とは?

煩悩と言われても、正直なところ私たちにはあまり馴染みがありませんよね。
せいぜい聞くと言えば、子煩悩という単語くらいでしょうか。
そもそも煩悩とは、仏教の教義の1つで心の汚れであり、人の苦しみの元のことを示しています。
煩悩は特に三毒が根本にあり、その3つは「必要以上に求めること」「怒りの感情のこと」「物事の本質や真理に対して無知であること」を意味するようです。
なかなか取り除くことが難しい3つだとは思いませんか?
もちろんこれらは簡単に私たちの中から取り除くことは出来ず、修行僧がその煩悩のない世界にたどり着くためにつらい修行をしています。
なお、子煩悩とは少しその仏教の教義とは違う意味で使われます。
もし文字通りの意味であるとしたら、子どもが苦しみの元でありそれを取り除かなければいけないという意味になってしまい、それは大変です。
もちろん子煩悩とは、子どもを目に入れても痛くないほどに可愛がる人のこととして、私たちは使っています。
子煩悩と仏教の煩悩は、違うものとして捉えるようにしたほうが良いでしょう。
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各地のビックリ年越し!?おせち料理を食べるタイミング!

ところで大晦日の年越しの方法は、各地方によって特徴が見られます
あなたが正しいと思ってやってきた年越しの方法は、実はローカル方法かもしれません。
私の祖父宅は東北にあるのですが、大晦日のうちから年越しにおせち料理を食べ始めていました。
あなたの家ではたぶん、お正月におせち料理を食べるのではないでしょうか?
しかし、我が家では年越しに毎回おせち料理を食べていたので、私はしばらくそれが普通なのだと思っていました。
なぜ我が家に年越しの段階でおせち料理を食べる習慣があったかというと、先述したように大晦日の日暮れ以降はすでに新年と見なすという風習があったため、その名残があったのでしょう。
東北や北海道の一部で、そうした風習が残っているようです。
年越しそばと併せて、おせち料理を食べるという光景をあなたは想像出来ますか?
想像出来ないかもしれませんね。
ただ、年越しにおせち料理を食べるというのは意外に良いものですよ。
お正月におせち料理もお雑煮もと食べてしまうと、おせち料理はどうしても量が多いので最後のほうは「まだ残っている」と苦痛になりがちです。
そうならないためにも、年越しの時点からおせち料理を食べ始めてしまえば、お雑煮とかぶる期間が少しずれますよね。
大晦日の日暮れ以降という考え方を踏まえれば、決してフライング行為ではありませんし、もし良ければ今度の年越しから、あなたも年越しの時点でおせち料理を食べてみませんか?
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日本の年越しやお正月を知りたければ東京へ行くべし!!!

年越しの過ごし方が、おせちを大晦日に食べるなどという地域の少し変わった風習があるように、お正月ももちろん各地域の過ごし方が様々あります。
全国各地を回って年末年始を体験できれば、それに越したことはないのでしょうが、時間的にも金銭的にもそれは無理ですよね。
そこでオススメなのが、東京で新年1月2日と3日に東京国際フォーラム主催で毎年開かれている「お正月テーマパーク」です。
お正月がメインにはなってしまいますが、そこでは日本各地のお雑煮や有名ホテルの特別メニューを食べることが出来ますし、有名な伝統工芸と接する機会も設けられています。
着物や書道の体験も出来ますよ。
また、特別会場では様々な舞台を見ることも出来るようです。
その場所を訪れるだけで、年越しとお正月を十分に満喫できますね。
東京の年越しやお正月というと、年末はカウントダウンイベントやお正月の非常に賑わっている初詣を想像してしまいますが、東京にいながらにして全国のそうした伝統や風習に触れることが出来るのは、すばらしい機会だと思います。
楽しめること、間違いなしです。
各地域の年越しやお正月を体験してみることは、貴重な体験になります。
日常生活においても、各地域はその地域ならではの風習は残っていますが、大切な年越しやお正月ともなると、その風習の残りは強く見られる傾向にあるからです。
日本各地の年末年始を知ることで、もしかしたらあなたが一般的だと思っていた年越しやお正月は誰も知らない風習だった、などということもあるかもしれませんよ。
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まとめ

大晦日は暦の上では12月31日の午前0時から翌年1月1日午前0時になるまでですが、実はあなたが年越し料理を準備している日暮れ時間には、もうすでに神様たちの時間では年が明けているのかもしれません。
歳神様がいつ我が家にいらっしゃるのかを考えながら、きちんとお迎えする気持ちで年を越したいものですね。
お迎えする方法、年越しの方法が各地方で風習が違うのは、当然のことです。
もし年末年始の計画が決まっていないのであれば、東京のお正月テーマパークへ足を運んでみて、各地域の風習などに触れることも面白いでしょう。
しかしあなたの今までしてきた年末年始がたとえ一般的なものではなかったとしても、要はあなたの気持ちがしっかりと新年を待てる状態であることが1番大切なのです。
今度の年末年始も、今年に感謝しつつ来年の目標を立て、大切な年越しとしましょう。
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